厳美渓と明治の文豪幸田露伴の紀行文(その3)

枕頭山水(ちんとうさんすい)    (七)Page  3/5

厳美渓
橋ありて構造も俗悪ならず、岩より岩に架け渡せる様 画中のものなり、それ を渡りて左りすれば小やかなる堂あきたるものありて観覧の便宜を なしあるにぞ下駄脱ぎ捨てて上がり込み、勾欄(こうらん)に頬杖突張り、ながら観れば 観るほどよい景色にて、少しく木曽の寝覚(ねざめ)に似て趣はまた大きく 異れり、彼は渓深くして水に遠く、臨川寺よりはただ(むか)いの岸の岩の立 てる、河中の石の状の奇なる淵の蒼々たる、水の尾の瀬をなして(はし)るを 見るに過ぎねど此れは渓深からで水に近く、橋よりは瀧を見るべく堂よ りは瀬を見るべく、淵の蒼き、岩の奇なる、殊更(ことさら)岩の上に老松幾株翠を擬 せる、水の幾羽にも分かれて流るる、(もと)より此彼(しか)に優るとは云い難きも 彼終(かれつい)に此が兄たりとは(かえ)って中々に称し難し、ましてや寝覚は幾千の山 坂を超えて後漸(ようや)く到るを得べき境なれば都会育ちの老人女性には 難儀なる地なれど、此の地はかかる好景の常として里遠きところにあるもの なるに引かへ、絹足袋穿()いた弱柔男にもいと容易く駒下駄掛けにて
※木曽の寝覚・・・名勝地 木曽の寝覚の床(とこ)※本文の漢字カナについて