厳美渓と明治の文豪幸田露伴の紀行文(その2)

枕頭山水(ちんとうさんすい)    (六)Page  2/5

厳美渓
杖を曳かるるとも然るべきまで御覧に甲斐あり、其所へ行きて尚能くなおよ御尋ね なされし上軽忽けいこつならぬ御思案に御定めなされと、宿の主人が助言道 理なり、さらばと人力車を雇いて厳美に向かい発す、大町地主町を駆け抜け て磐井の河の仮橋渡れば花川戸とかや申して主に旅の衆に投げの 情をかけまくもかしこき手管てくだありや無しや女郎達の居玉いたまうところ なり、それより鍛冶町竹山橋、次第々々に「ごろた石」多き道をたどりて田圃 の間を行けば、里の児の用水に泳ぐ、水車の回る、いづれ田舎の常態ながら 面白し、杭打坂を下りて上り、(くつ)が鼻とかいうところにいたれば対岸 の岩聳いわそびえて淡水静かに堪えたる景色眼覚める心地す、やがて五串(いつくし)に着 けば聞きしに違はで流れの態も尋常ならず、とある家に一ト憩ひとやすみして 後渓のほとりを漫歩し、おもむろに眼を転じて水激し巌叫ぶ方を見下ろすに 渓を成す皆巌なりというってもよきほど岩石重畳して、赤松その上に生ひ 碧水其罅へきすいさかを行く風情もことに塵外(じんがい)の想を発せしむ、天工てんぐと名づくる
※碧水其罅・・・清流がひび割れた割れ目を ※塵外・・・俗世間のわずらわしさを離れた所 ※本文の漢字カナについて